大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1457号 判決

平和相互銀行

事実

事実関係

原告株式会社平和相互銀行は請求原因として、被告は東邦自動車興業株式会社取締役社長名義で訴外日平商工株式会社に対し金額二十五万五千円の約束手形を振り出し、同訴外会社は原告に対し拒絶証書作成を免除してこれを裏書譲渡した。原告はその所持人として支払期日に右約束手形を支払場所に呈示したところ、取引停止解約後の理由でその支払を拒絶された。ところで被告は訴外東邦自動車興業株式会社の代表取締役として本件手形を振出しているのであるが、同訴外会社は本件手形の振出日より約二週間後に取引銀行より取引停止解約処分に付されたのであつて、この点から考えると、被告は、同訴外会社の代表取締役として本件手形が早晩取引停止解約処分により不渡になることを予知して、または不注意によりこれを予知しないで本件手形を振り出したものというべきである。更に同訴外会社が右のように取引停止解約処分に付された場合には、被告はその代表取締役として、支払期日までの間に本件手形の受取人である日平商工株式会社を通ずるなどして所持人である原告に対してその旨を通知し、直ちにその処置について適切な対策を講ずべき職責を有するにかかわらず漫然これを怠つたものである。以上の点において被告は同訴外会社に対し悪意または重大な過失によりその取締役としての任務を懈怠したものというべきであるから、原告は被告に対し本件約束手形金から原告の訴外日平商工株式会社に対する掛金契約解除による返戻債務額を控除した残額金十一万千八百円及びこれに対する年六分の割合による損害金の支払を求めると述べた。

被告平木栄一は、答弁として原告の主張事実は全部否認する。本件手形は訴外本邦自動車興業株式会社が振り出したもので被告が個人として振り出したものではないと述べた。

理由

判決要旨

証拠によれば、被告が東邦自動車興業株式会社取締役社長名義で訴外日平商工株式会社に対し金額二十五万円の約束手形一通を振り出し、訴外日平商工株式会社は原告株式会社平和相互銀行に対し拒絶証書作成義務を免除してこれを裏書譲渡し、原告はその所持人として支払期日に支払場所に右約束手形を呈示したところ、取引停止解約後の理由によりその支払を拒絶されたことは明らかである。

原告は、訴外東邦自動車興業株式会社が本件手形の振出の約二週間後にその取引銀行より取引停止解約処分に付せられた以上、被告は本件手形が早晩取引停止解約処分により不渡になることを予知して、または不注意にもこれを予知しないで本件手形を振り出したものというべきであるから、この点において被告は同訴外会社に対し、悪意または重大な過失によりその代表取締役としての任務を懈怠したと主張するが、手形の振出後予測しなかつた事情により資金難におちいりやむなく取引解約処分に付される場合もあり得るし、同訴外会社が本件手形振出の約二週間後にその取引銀行より取引停止解約処分に付せられたからといつて、その原因は国の政策による金融の引締による場合又は取引先の不始末による連鎖反応として起る場合等多々存するものであるから、他にこれを予知すべき具体的の事情の主張並びに立証のない以上、単にそれだけで被告が本件手形の振出当時すでにその不渡になることを予知し、または不注意にも予知しなかつたものと即断することはできない。

更に原告は、訴外会社が取引停止解約処分に付された場合には、被告はその代表取締役として、支払期日までの間に所持人である原告に対してその旨を通告し、適宜な処理を講ずべき職責を有するに拘らずこれを怠つたと主張するが、そもそも手形は流通証券として転輾流通し、呈示があるまでは何人がその所持人であるかを発見することは不可能であり、従つて支払期日前に取引銀行から取引停止と解約処分に付されたことを了知しても、これを所持人に通知することは不肥を強いるものであり、かかる処置を怠つたからといつて代表取締役の任務を懈怠したものということはできない。

以上説示するところにより、原告の、取締役の第三者に対する損害賠償の請求は主張自体その理由がないとして、これを棄却した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例